旭化成が世界70億個を販売した「電子コンパス」の開発経緯は、事業コンセプトが見つかるプロセスを示す好例だ。同社の技術者たちは月1回集まり、「社会変化のトレンドにのった新規事業として何かできるチャンスはないか」を議論し続けた。携帯電話の普及・小型化、米国での緊急通報位置特定法(Enhanced 911)の施行、GPS技術の進化という3つのトレンドが重なり、「近い将来、歩行者ナビゲーションサービスが始まる」という仮説が立てられた。
競争が激化する「位置情報取得手段」の開発に加わるのではなく、「位置情報が分かった未来で何が必要になるか」を考えた。そこで自社の磁気センサ技術と信号処理LSIを組み合わせれば方位角センサ(電子コンパス)が作れるという事業コンセプトが生まれた。この「直接の課題ではなく一段先の需要を見越す」発想が、競合不在の市場を獲得する鍵だった。
コンセプトを立てた後、デモ機を持って顧客インタビューを重ねながら仕様を磨き上げた。au EZナビウォークでの採用を皮切りに、AndroidとiPhoneの標準部品へと成長し、現在のGoogleマップのナビ機能を支える基盤となった。
参考文献
- 「旭化成が語る電子コンパス開発の経緯」ケータイ Watch, 2006. https://k-tai.watch.impress.co.jp/cda/article/interview/19950.html
- 米国 Enhanced 911 法(E911 規則): Federal Communications Commission, “Enhanced 911 – Wireless Services”. https://www.fcc.gov/consumers/guides/wireless-911-services
- Clayton M. Christensen, “The Innovator’s Dilemma”, Harvard Business Review Press, 1997.(邦訳:クレイトン・クリステンセン著『イノベーションのジレンマ』翔泳社)